全能感をあらわにしたニール.ショーンの最初のソロアルバムとは?=『LATE NITE』
8月の『GREATEST ROCK FUKUOKA』でのトリでの出演が決まっているJOURNEYだが、こういうイベントはもとより、来日公演でも、くると決まれば、そのバンドへの関心は高まり、ファンや元ファンに「このバンドをチェックしよう!」「予習で何か聴いておこう!」といいう気概が起り、そのアーティストのマテリアルが売れ出すのが必然である。
また、アルバムリリースもファンの心を繋ぎとめておくのに重要なことなのは言うまでもない。
※参考記事
私は前々から、JOURNEYのギタリスト兼メインソングライターであるニール.ショーン(下写真)には注目していた。
この人の作り出す音楽のセンスの良さゆえに、バンドでもいいアルバムを量産してきたし、ソロでもいいアルバムを出している。
逆に、バンド内ではいいアルバムを作るも、ソロ作を出すと、あまりよくない、あるいは全然よくないアルバムになってしまうミュージシャンもよくあるのだ。
バンドでも、ソロでもいいアルバムを作れるパターンは、これまでの研究結果、少ないことが分かった。
しかし、そういうアーティストとニールは一線を画しているので、ここで取り上げないわけにはいかないだろう。
数多ある音楽雑誌でも、そういう定義づけはなされたり、なされなかったりする。
しかし、そういう定義づけは、自身の趣味を左右する重要事ゆえに、率先してしていかなくてはならないのだ。
例えば、Aというバンドは、スタジオアルバムは素晴らしいが、ライヴアルバムは全然よくないから買わない。
Bというバンドはスタジオアルバムやライヴアルバムはいいが、ライヴ映像はよくないから買わない。
Cというバンドはこの時期はいいが、あの時期はよくないから買わない。
こういった定義づけは重要だ。
全アルバムも全ライヴも全部いいなんていうアーティストなど皆無ゆえに、こういう定義づけをしておかないことには無駄な金や時間を費やすことになるから注意が必要ということだ。
話しはニール.ショーンに転じる。
この人は、JOURNEYの1度目の解散後、3年たった89年にソロ作を出した。
それが『LATE NITE』だ。
アルバム1枚通して一聴してみるも、やはりファッションセンスの高さがすぐにわかる。
ロックというとどうしても、シンガーが歌うモノを想起してしまうがゆえに、インストばかりのアルバム曲にはなかなかなじめないで終わってしまう。
ゆえに、それほどなじめないでいる人が多いのだろう。
ならば、ロックソングとして聴くのではなく、BGMとして聴けばいいのではないだろうか?
何か仕事をしている時にかけるとかいった用途で。
ニールのファッションセンスを味わうには、JOURNEYのみならず、インストの多いソロアルバムでも堪能することができる。
このアルバムを私が買ったのはひとえに、彼が92年に関わったバンドHARDLINEを聴いてからだ。
これがとてつもなく素晴らしかったのだ。
※参考ページ
HARDLINE 『DOUBLE ECLIPSE』
これほどいい作品を作られては、彼がそれまでにかかわったJOURNEYはもちろん、BAD ENGLISHにまで興味がわいて当然の帰結だろう。
HARDLINEは1枚のアルバムを出して消滅してしまった(のちにニール抜きで復活)が、BAD ENGLISHでは2枚のアルバムを出した(そして91年に消滅)。
そのBAD ENGLISHのアルバムはいずれもよかった。
これだけ佳作を連発すれば、関心がわかないはずはなかった。
そしてニールのソロ作の第一弾である『LATE NITE』を買って聴くが予想外の良さだったのだ。
ロックソングであれば、歌がなくては物足りなさが露呈して退屈な作品というレッテルをが貼られがちにになるが、そんな感想が出てくる余地のないほどメロディが充実して、現前に音楽が迫ってくるのだ。
音楽的なセンスが高いのだ。
●“Late Nite”
↓
https://www.youtube.com/watch?v=LFMgPttv4Qo
これまでにJOURNEYにおいて、ジョナサン.ケイン(Key)とともにメインソングライティングをしてきたニールゆえに、このソロ作においても、その音楽からは、JOURNEYの音楽が見え隠れするのは必然だが、JOURNEYの音楽がメインではない。
他の面が多く出て、気持ちが昂る。
しかし、JOURNEYでは味わえない音楽であるからといって、それだけでは人を魅了することはできない。
やはり他と比べてではなく、聴いてすぐさま「良い!」と思わせるものがなくては話しにならない。
そういうものをふんだんに含んでいる作品だ。
歌付きのロックソングを想定したであろうインスト曲を作ってしまうギターアーティストがあるが、それははっきり言っていただけない代物だ。
歌メロをギターで、あるいは主要なメロディをギターでなぞっても、それがはしたない試みに感じられてしまうことしばしばなのだ。
●“I’ll Cover You”
↓
https://www.youtube.com/watch?v=LFMgPttv4Qo
しかし、こと、この『LATE NITE』においてはそういう不満が出る余地は全くない。
全部が、インストを想定して作った、あるいはそれで愉しんでもらおうとして作ったインスト曲ばかりで、ラクダを情景にした夕焼けのシーンを彷彿とさせるシーンが現前と浮かび上がる音楽的シーンのある曲もあれば、プラネタリウムを鑑賞している気になるようなシーンも出てくる。
いずれも壮大な気宇を擁していて、その音楽を聴いているうちに胸襟が開けられて、心が洗浄されていくような気分になっていくのだ。
そのプロダクションもさることながら、もとよりニールのセンスがいいがゆえの相乗効果といっても過言ではないだろう。
こういうロマンス的なセンスも持ち合わせているが故の、音楽的結実なのだろうと思う。
歌がなくても、最初から最後まで聴かせる能力には脱帽だ。
このアルバムのLATE NITEのNITEに意味だが、これは「Good Night」の意味らしい。
日本語では、おやすみ、の意味だが、そういう夜のロマンティックなシチュエーションを想起させることも出来る威力を秘めている作品といってもいいだろう。
しかも、朝聴いても、夜聴いてもそのシチュエーションを煌びやかにする音楽的な効果を含んでいるのだ、この作品は。 これは稀有な特性だ。
こういう曲が作れるのは、神による加護なのだろうと思う。
ひとえに、努力だけではどうしようもない。
その加護を得るためには、一心不乱にそれに打ち込むしかない。
それを永続することで神の加護を得ることができる…いろんな卓越した能力を持った人の研究をしていくとそういうことがわかるのだ。
ROYAL HUNTの創始者でありかつ、リーダーであるアンドレ.アンダ―セン(Key.下写真)は、1人で作詞作曲をする。
そして彼が出したソロ作はインストばかりのものだったが、その評価は「どこを切ってもROYAL HUNTゆえに、ソロですべきことだったかどうか疑問」という高評価とも低評価とも取れない声があった。
やはり、そのバンドのファンは、ソロはバンドで出来ないことを期待しているのだが、それでも歌がないがゆえに物足りなくなって、話題性が減じて、いつしか人々の意識からフェイドアウトしてしまうという哀しい現象が起こるのがこの世界だ。
ゆえに、良いと思ったアーティストのソロアルバムは、すぐさま買って聴くのが得策であるということだ。
ここでもまた定義づけの必要性がわかっただろうと思う。
●このニールのソロアルバム第一弾はおすすめだ!
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。



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♯ニール.ショーン
♯JOURNEY
♯89年
(コラム) JOURNEYが『THE GREATEST ROCK FUKUOKA』でトリを務めることについて何を思う?
某イベントの開催が告知されて驚いた。
そのイベントの名は、『THE GREATEST ROCK FUKUOKA』という。
そしてトリに抜擢されたのは、JOURNEYだ。
そしてセカンドビルは、昨年、「これが最終だ!」として、日本武道館でラストステージを見せてくれたNIGHT RANGERだ。
サードビルは、日本のBAND-MAIDなるバンドだ。
この3つのバンドが先行的に決定しているだけで、この後、参加するバンドはこれから続いて決まっていくという。
その会場はみずほPaypay ドーム福岡という場所だという(下写真)。
こんなドームがあるとは、この時初めて知ったが、そのキャパには驚いた。
47000人だという。
東京ドームほどではないが、そこよりも9000人ほどキャパが少ない程度であるが、それでもこのキャパはすごい!
JOURNEYのこれまでの最大のイベントは2017年の『ESCAPE』と『FRONTIERS』の2つのアルバムをライヴで完全再現したことだろう。
その時の場所は、日本武道館が2回、仙台ゼビオアリーナ、大阪城ホール、愛知県体育館をそれぞれ1回こなした。
この時の、キャパをすべて足したら余裕で4万7000人は超えてしまう。
だがしかし、9年がたってしまっている今において、その動員をこなせるか?という疑問がわこうが、まあ大丈夫だろう。
このような日本での巨大なイベントでのトリを務めるのは、JOURNEYにとってこれが最初だし、他にバンドがいくつも参戦するとなれば、その幅はぐっとひろくなるだろうことは間違いない。
しかし、WHITESNAKEとDEF LEPPARD、DEF LEPPARDとMOTLEY CRUEといったドッキングライヴが日本では行われていたが、JOURNEYがそういうイベントに参戦しなかったのは不思議というほかない。
JOURNEYとDEF LAPPARDという涎もののライヴは、アメリカで行われていたようだが。
他にも、FOREIGNERとSTYX、FOREIGNERとEUROPEなど、HRファンが喜ぶイベントは海外で枚挙にいとまがない。
もしかしたら、FOREIGNERが今回の『THE GREATEST ROCK FUKUOKA』に出るかもしれないという淡い期待が上がっているのだ。
JOURNEYやNIGHT RANGERと同じく80年代に活躍して人気を固めたバンドだけに、そして音楽テイストも、これらのバンドと似通っているし、JOURNEYやNIGHT RANGERを聴く人ならFOREIGNERも聴くだろう。
FOREIGNERは、万年リーダーだったミック.ジョーンズがパーキンソン氏病で音楽シーンに出れず、初代シンガーだったルー.グラムと3代目のシンガーだったケリー.ハンセンも参加して、シングルも最近出されたし、ルー.グラムのソロ作の第3弾も発表されたばかりだ。
こういう現象を見ると、やはり永続的にオリジナルメンバーでの活動はかなり難しいということがわかる。
ことはJOURNEYも一緒だ。
94年にオリジナルメンバーで復活して、往年のファンを大いに喜ばせたが、次作では早くもスティーヴ.ペリーが脱退して、スティーヴ.オージェリーが加入し、2作で脱退して、2008年に、フィリピンでJOURNEYのカバーバンドをやっていたフィリピン人のアーネル.ピネダにアクセスして、加入をアプローチして、彼の加入がかない現在に至る。
その年数、実に18年である。
年齢での衰えや家族との親睦を深めたいこと、継続的なツアーをしていかないことには彼の声が本領発揮できない、ということで彼は脱退したい旨をバンドにするも、いまだ受けいれられていないようだ。
そこは、部外者である私がとやかく言うことではないようだ。
しかし、はや18年もこのバンドに在籍し続けていて、そこでバンドの最高傑作を完全再現して、その模様がライヴDVDとして売られているということは、ライヴが素晴らしいからだろう。
“Separate Ways” (『ESCAPE & FRONTIERS 再現~ライヴ.イン.ジャパン』収録)
↓
打ち負けない強い声、メロディもアルバム通りに歌いこなし、キーもアルバム通りに歌いこなす…こういう能力がなければ、ライヴ盤を出すことなどできた話しではない。
そして、アルバムの出来もいいからだろう。
しかし、難を言えば、アーネル(下写真)が作詞をほとんどしていないことだろう。
彼はアルバム中1曲しか作詞していない。
シンガー自身が作詞をしないで他のミュージシャンに任せているということは、人の書いた歌詞を歌うということだ。
それでは自身の思いや気持ちを100%乗せることは不可能ゆえに、聴いているこちらは、そんなに感動できない結果に落ち着いてしまう。
その結果、そのマテリアルは中古盤屋などに売る結果になってしまうのだ。
やはりというかなんというかアーネルの場合もそうだったようで、疎遠になっていたのだ94年以降のJOURNEYには。
しかし、JOURNEYもHRファンならば、必ず1度はライヴの体験をしなくてはならないのは言うまでもない。
教養とすら言ってもおかしくはない。
この機会を期にやはり行くべきなのだろう。
しかし、福岡は私の住む東京からかなり遠いし、行ったことがない。
ネットで調べるも、片道14000円ものカネがかかる。
それも夜行バスで行った時の場合だ。
これには頭を悩まさずにはいない。
どうするかは決定はできない。
しかし、セカンドビルに昨年「最終コンサートだ」として、ツアーを日本にもしにきたNIGHT RANGERだと知って驚いたし、嬉しくもあった。
インタビューのニュアンスからして、解散ではないことは明らかだったが、1年で復帰するとは驚きだった。
しかし、JOURNEYのファンならば、全然気にせずにNIGHT RANGERを受け入れることは間違いない。
●“Rock In America”(全米51位)
↓
http://www.youtube.com/watch?v=4rG_5LFKxYw
どんなライヴをしてくれるのかも愉しみだ。
JOURNEYとともに、80年代はアリーナを満員にしてきたバンドゆえに、その共通する音楽性からして、集ったファンはかなり大喜びすることは間違いない。
その喜びで、歓喜のレベルも観客動員数もともに相乗効果が生まれることは間違いないだろう。
それにFOREIGNERも参戦してくれればいいとは先にも指摘した通りだが、これになんとかWHITESNAKEも参戦できないものかと思わざるを得ない。
やはりベテランになれば、アルバムを作ってツアーに出て、というサイクルを永続させるのはかなり困難なのはわかる。
EMPERORにしろ、SLAYERにしろ、GUNS N’ROSESにしろ、MOTLEY CRUEにしろ、POISON(下写真)にしろ、過去良作のアルバムを量際してきたバンド群は、アルバムを作る気概などみじんも感じれない(笑)
しかし、気が向いたときに、いきなりツアーを敢行して、ライヴだけをしに来るパターンは往々にしてある。
全盛時代にアルバムを大量に作って、そのブームが去った今でもそれらのアルバムのよさが口々に語られ続けて、今でもCDやLPが売れ続けているから、印税が入ってくるがゆえに、気張ってアルバムを作ろうという気概が持てないのだろう。
しかし、音楽はしたい…そういうことだろう。 だから来日公演だけをしに来るのだろう(笑)
ゆえに、アルバムは作らなくてもいいから、せめて公演だけはしに来てくれと言いたいのだ。
WHITESNAKEは2016年に来る予定だったが、コロナ騒動で中止になってしまったのだった。
その後、デヴィッド.カヴァーデール(下写真)は音楽からの引退を発表。
アルバム製作はしないが、プロデュースなどは継続していくようだ。
しかし、ファンの私から言えば納得できない。
せめて来日公演くらいはしに来てほしいことこの上ない。
これまで支えてきた日本のファンたちに尻切れトンボのような別れ方では、エチケットにもなっていないのがわかるだろう。
JOURNEYやNIGHT RANGERのファンならば、同時にWHITESNAKEのファンでいるパターンも多くあるに違いない。
やはりエチケットとして、ファンへの感謝の表明として日本に来ることがデヴィッドの義務だろう。
そんなことを考えてしまったのだった。
このJOURNEYがトリのフェスには必ず、行かなくてはいけないのだろうという気がしてならない。
まず、ともあれ、このバンドの過去の作品を垣間見ながら、肯定的に捉えていこうとは思う。
70年代、80年代のHRファンならば涎が止まらないフェスであることは間違いない。
その年代に出た最高傑作の完全再現のライヴモノは観ておいて損はないだろう。
それだけを勧めておきたい!
| DVD JOURNEY / LIVE IN JAPAN 2017: ESCAPE + FRONTIERS |
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★その他、NIGHT RANGERの関連記事!
↓
『ブラッドギルスの魅力に迫る』
『BIG LIFE』 『SEVEN WISHES』
『MAN IN MOTION』
今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。


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♯JOURNEY
♯THE GREATEST ROCK FUKUOKA
♯アーネル.ピネダ
ゲイリー.ヒューズのセカンドソロも佳作?=『PRECIOUS ONES』
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こんにちは。
これまで、バンドでもソロ作でも佳作を出してきたアーティストを取り上げてきた。
※参考ページ
今回もその関連で話をしていきたい。
前回はTENのゲイリー.ヒューズの93年の最初のソロ作の良さを紹介した。
今回は、彼の98年のソロ作について話していきたい。
その名は、『PRECIOUS ONES』である。
TENの楽曲は、概してドラマティックで大仰な曲が多い。
そういった曲を抑えながら、ゲイリーはソロでは、渋めの曲を多く披露している。
ではTENのファンは、ゲイリーのソロは好きになれないのではないか…そう考えがちではあるが実際はそうではない。
渋めで哀愁漂う曲でありながら、ソウルフルな歌いまわしだったり、メロディアスなフレーズだのといった面で、耳だてせざるを得ない要素が、曲が始まってすぐに発見できるはずだ。
これまで聴いてきたTENで見せた独特のフレーズも生かされているがゆえに、さらにそう言うこともできるはずだ。
音楽はその曲を作った人の心を映すものだという。
その通りだ。
心優しい人間ならば、それがもろに曲に出る。
そこから醸し出される気宇が、聴いている人間の心を透明に洗浄してくれる。
そんな透明感のある聖堂に引き込まれたような気分にさせてくれるのが、タイトルトラックの“Precous Ones”だ。
こういう何も言えない気分にさせてくれるバラードが、TENおよびゲイリーのソロには必ず1つ以上はいっている。
そのバラードを聴くためだけに買ってもいいと思えるような気分にならせてくれる…そんな威力を持っているのが彼の楽曲の特長だ。
●“Precous Ones”
↓
https://www.youtube.com/watch?v=wrkjo_OMnj4
この曲を聴けば、私の言っていることが決して誇張でもなんでもないことがわかるだろう。
その壮大な気宇に思わず項垂れるのみの状態になってしまう。
これもまた神による作曲能力の授権というような表現が当たる気がしてならない。
努力によって得られるものではないということである。
そういう気分にさせてくれるのは“The Colors Of My Life”というバラード曲でも味わうことができる。
そしてさらに清涼な気分にさせてくれるのが“The Night The Love Died”というバラードだ。
激しめの曲展開にはなるものの、終盤の逢着はソウルフルで締めるのだ。
しかし、不思議なのは、決して高音ではなく優しめに歌っていて、バックはヘヴィなリフが奏でられているにもかかわらず、ゲイリーの声が曲を牽引しているのだ。
そういった品位もまたゲイリーの声の特徴なのだ。
それを堪能できるのがミドルの“Give My Love A Try”と“Devided We All”だ。
●“Devided We All”
↓
キャッチーな曲がバラードのみならず、激しい曲でも作れることがゲイリーの特徴であることは前の回でも話した。
そういうゲイリーの佳曲を聴いていると80年代のHRの最盛期の時代に引き戻されているような気分になるのだ。
そのデジャヴになった気分もまたいい。
そんな楽曲が“Perfect Ten”だ。
破天荒さのある曲もあれば、ポップかつ甘美な味に満ちた曲もある。
シンガーとして、作曲家として一流のゲイリーよろしくバックのミュージシャンも一流だ。
どれも上手い。 とにかく、ゲイリーの楽曲はTENのも含めてバラードでこそ最大限に発揮する。
もちろん、ヘヴィでスピーディな曲でも佳曲は多く持っているが。
それを考えると、ゲイリーのバラードベストアルバムを出してくれればいいと思うが、人生なかなか自分の思い通りには事が運ばないものだ。
そうであるならば、自身でアルバムをかき集めて、優れたバラードを1つのカセットなりCD-Rに編集するのがいいだろう。
そういうことを昔は誰もしていたはずだが、音楽に興味がなくなっていくとそれができなくなるから哀しいことこの上ない。
とにかく、ゲイリーのソロ作はファーストもこのセカンドも佳作であることに違いはない。
●興味を持った人には、この作品もおすすめである。
⇒ Precious Ones
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。



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♯Gary Hughes
♯Precious ones
バンド(TEN)でも、ソロアルバムでも佳曲を量産できるゲイリー.ヒューズのソロ第一弾はこれだ!=『GARY HUGHES』
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ハードロックやヘヴィメタルの歴史を見ると、興味深いことに気が付く。
バンドの属していながら、休閑時にソロアルバムを出したりするアーティストがある。
その場合、それまで属していたバンドの色とは違う音楽性を試みることが往々にして多い。
やはり、そのバンドには一定の型があって、その音楽だけでは完全に満足できないがゆえに、ソロアルバムを出して、自身がやりたい音楽を発散する気持ちで出したりする。
それで良いものが出来れば、非常に喜ばしいが、よくないものが出来上がっては疎遠になって、棚の奥にしまったままにして、いつしか中古盤屋に売りに出す、ということが私は何度かあった。
そういうように、自身がイニシアティヴを握ってするプロジェクトにおいて良いものが出来るパターンとできないパターンがある。
それはその人自身の能力に関わっているのであって、イニシアティブを握って良いものができる人は再度ソロ作を出すべきだし、いいものが出来ない人は再度するべきではないということだけだ。
ことさら、その人を蔑むべきではない。
しかし、後者であると判断した場合は、私はパソコンのワードに、そのアーティスト名を書いておいて、そのファイル名に「NGリスト」と書いて、保存しておくのだ。
そして、誰かがソロアルバムを出したと聞いたら、その「NGリスト」を開いて覗いて、リスト名にあったら買わないことにしている。
お金が無駄になるからだ。
1枚駄作を出したソロアーティストは回を重ねても良いものは出せない。
ことはバンドというかたちになったら話しは別であるが。
今回紹介するアーティストは、TENのゲイリー.ヒューズ(下写真)だ。
この人は、TENで素晴らしい楽曲群を作り出してきた上に、ソロ作に至ってもいいものが多いのだ。
いや、TENでも彼がイニシアティブを握って、これまでのほとんどの楽曲の作曲をしてきたのだから、ソロ作でも当然いいものが書ける。
ゆえに、バンドではいいものが書けても、ソロ作になるとてんでいいものが出来ないという人は、共同制作者がいたからいい曲ができたのであって、その共同制作者がいなくなってはいいものが出来ないという人は、総合的な力がないということだ。
ならばその総合的な力が出来あがるまで待てばいいのだろうか?
そんな単純なものではないようだ作曲というものは。
その総合力をゲイリーは持ち合わせているがゆえに、ソロでもいいものが出来ていた。
バンドTENとは違う音楽性を追求したいがために、バンド休閑中に出したソロアルバムは数枚ある。
しかし、そのTENを結成する前に、ソロアーティストとして彼はキャリアを出発させていたのだ。
そのデビュー作は1990年に遡るが、日本でのデビューアルバムは『GARY HUGHES』(下写真)だ。
それが1993年のことゆえに、実に33年も前の話しになる。
この出来には瞠目すべきものがあった。
AOR色の強いハードロックを体現していたが、その味がとてつもなく良かったのだ。
流星のような透明感が楽曲全体にあり、その味を夜に堪能しているととてつもなく素晴らしい時間に様変わりするのだ。
そんな魅力を有していたがゆえに、今に至るも、そのソロアルバムを売ろうと思ったことはない。
そんな素晴らしいアルバムを出していれば、96年に自身でバンド結成として雑誌で報道されればファンとしてはときめかないわけはなかった。
ではその93年のそのアルバムを観てみたい。 非常に煌びやかな色彩を放ち、その音色にはネオン街に放たれるネオンをバックに憧憬の光を目前にしているようん気分になるのだ。
こういうレベルの高いセンスのある楽曲を作れるのは、才能であって、努力ではないのだ。
その色彩たっぷりの“Blonde Angel”でこのアルバムは始まる。
出だしからして好スタートだ。
この曲は普通に6分で終了する。
次はアメリカンな闊歩としたミドルテンポの曲である“Seducer”だ。
そういうアメリカンな雰囲気がまたハードロックの全盛を生きてきた人には溜まらない曲だろう。
ゲイリーはイギリス人だが、こういったキャッチーなセンスを持っているのだ。
楽器だけでなくコーラスの音色の調整にまで携わり、そのセンスゆえに高尚に仕上がっている。
まさにこういうメロディアスな曲を作るために生まれてきたのか…と思われるほどに彼のセンスは素晴らしいの一言に尽きる。
続く“I Won’t Break My Heart”は、哀愁漂う、悲哀感で覆われるゲイリーのコーラスで始まるが、そういう感情のバラードでも耳をそばだてざるを得ないエモーションが前面に出ているので、つい聞き入ってしまうのだ。
曲が展開されるにしたがって希望に満ちたこちらの感情を高揚させる技がこの曲にはあるのだ。
●“It Must Be Love”
↓
https://www.youtube.com/watch?v=cySXEuzrCc8
次の“It Must Be Love”もバラードだが、静寂と清涼の含んだ感じが曲を覆っている。
ふくよかに、そしてやさしい声色で歌いこなしている部分は、聴いていてやはり感動する。
それもまたゲイリーの特長だ。
このバラードこそが、このアルバムを代表する楽曲か、と思われるほど味があるし、注目度は高いのだろう。
TENにおいてもバラードの名曲はたくさん擁しているゲイリーだ。
“Loeliest Place In The World” “Turn Around” “You’re In MyHeart”と佳作バラードでかなり感動させてもらったが、このソロアルバムでもかなり満足度は高いし、このバラードのイントロが始まると笑みがこぼれてしまうのだ。
どのアルバムかは言わないが(笑)、TEN(下写真)にも凡作アルバムはある。
それはどんな有名アーティストにもあるので批判すべき筋合いはないだろう。
だが、その凡作アルバムでも、バラードがかなりいい味を出しているがゆえに、それを聴くためだけに中古盤屋に売らずにここまで来たのだ私は。
次にもバラードが続く。
それが“Til The River Runs Dry”だ。
これは雨の日に車内で聴いていては涙を誘いかねないかなり哀愁の漂う寂寥なバラードだ。
次は、先の“Seducer”に似た、またも80年代のハードロック華やかなりし頃を想起させる“This Things Of Beauty”だ。
ギターソロのセンスも音色を聴いていると気分が明るくなる品位を持っている。
音楽は、その弾いてる人の心を表すもので、その心がこういう場面でも表れている。
非常に爽やかだし、コーラスの音色も推して聴くべしだ。
次の“We Walk With The Angels”だが、これも80年代の品位を携えている。
アコースティックメインのスロ―モノだがその音色がまさにBON JOVIだし、他のメロディ重視のハードロックのアコースティックの音色を思い起こす。
それに聴いていて、爽やかなコーラスの音色に心洗われるようだ。
プロダクションのセンスがまたもよい。
これからの4曲“Criminal”~“Now Or Never”は非常にキャッチ―で爽やかさおをふんだんに持ち合わせているし高揚せざるを得ない。
特に“Now Or Never”は特に爽やかな音色とメロディが満載で、晴れの日に聴いていたらジャンクフード片手に、スケボーで道路を走り回りたい衝動にかられるくらい爽快ナンバーだ。
●“Now Or Never”
↓
https://www.youtube.com/watch?v=Y0nzPKljUhA
最後の“Renegae”は暗めな音色で始まるが、煌びやかなアコースティックが異彩なメロディアスバンドの音としてのアイデンティファイしている。
このスローテンポだがエンディングを飾る曲としては心に包容力を持って迫ってくるのだ。
映画のエンディングテーマにしてはいいのではないかと必然的に思ってしまう曲だ。
TENは、デビュー当初はもてはやされることが多かったが、中期になって、曲を長く広げすぎることが懸念されてきた。
しかし、それでも気に留めないくらいのレベルだったので私は気にしなかったが、曲のテーマが神話だの伝説だのといった具合のものになれば、必然的にプログレッシブになり、長くせざるを得なくなっていった。
それゆえに、ファンが離れていったのがわかる。
デビュー時には、『BURRN!』の「READERS POP POLL」において、新人部門、ソングライター部門、アルバム部門の3つでTENがチャンピオンになったにもかかわらずである。
しかし、本業はこういうAORを主体としたハードロックだったのだから、またこういう曲がTENでも出来ないのかと思わざるを得ない。
現にTEN初期ではこういうオーソドックスな普通の長さのメロディ曲をたくさんやっていたのだ。
それがいつしかプログレッシブになり、ファン離れが促進していったのだ。
やはり出来るのだから、また多めにこういうソロでの曲が出来ないものなのかと思わざるを得ないのだ。
まあプログレッシブでありかつ、バラードで佳曲が多い…ということはゲイリーはロマンチストなのだろうと思う。
そのセンスはオーソドックスな曲でも生かせるはずだ。
そんなことを考えてしまう。
これは、タワレコやHMVといったサイトでは入手できないしAmazonでは中古のみ入手可能だ。
33年も前だし、ソロ作ゆえにこうなってしまうのが必然であろうか?
●このソロアルバムは以下!
Gary Hughes(Amazon)
●このソロからの選曲も含むゲイリーのベスト盤は以下!
| Gary Hughes / Decades |
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。



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♯Gary hughes
♯ソロアルバム
♯93年
(コラム)ゲイリー.ヒューズは、ソロ作でもバンドでも佳作が作れる稀有なアーティスト?
※ 参考ページ
今回はオリジナルバンドでも、ソロ作でも傑作を作り出す能力があるアーティストを紹介したい。
その人物は、TENのゲイリー.ヒューズ(下写真)だ。
この人は、1993年に日本でソロアーティストシンガーとしてデビューした。
そのAOR風の雰囲気を加味したメロディアスな作風に私は興味を持たないはずはなかったし、実際に聴いてみてすぐに虜にならざるを得ない品位を備えていたのは間違いない。
周知のように、その3年後に彼は、元DAREのヴィニー.バーンズと一緒になってバンドTENを組んだ。
その『BURRN!』でのレビューの高得点から、その認識は一気に高まったのだった。
そのデビュー作(下写真)の得点はなんと95点!
そのレビューが書かれた号に、ゲイリーとヴィニーのインタビューが掲載されていたが、その前置きにその良さを表現する文が書かれていたが、そこには「2人のキャリアから、それなりにいい出来のアルバム が出来ることは予想していたがこれほどにいいとは…」と書かれていたのだ。
そんなことが書かれていたら、メロディ派の私は興味持たざるを得なかったのだ。
そして買って聴いた。
正直、デビュー作での低予算ゆえか、粗削りな観は否めなかったが、抒情的にいくところは徹底して抒情的、激しいときは激しくという受けやすい理論通りの定石は守りながら、要所要所で優しく聴き手の心に染み入るメロディは散見されていたのは間違いない。
●“After The Love Has Gone” (『TEN』収録)
↓
※Amazon
テン(紙ジャケット仕様)
そのデビューから今年でもう30年もたつのかと驚くばかりだが、それだけ経っても私はそれをいまだ所有し続けて聴いているし、中古盤屋に売ろうと思ったことはない。
周知のように、その年に早くもセカンドアルバムも出される。
それが今も語られる名曲群を多数収録した『THE NAME OF THE ROSE』になる。
このレビューでも95点を獲得した。
デビュー作は、心にちょっとした譲歩を置きながらの95点であったが、このセカンドは文句ない95点だった。
※参考記事
TEN 『THE NAME OF THE ROSE』
この年に2つものアルバムを出したのは、バンドとしてやっていくに、ゲイリーのこれまで貯めていたマテリアルがあるから、それを今のうちに吐き出してしまおうという意図だったようだ。
それからは、ヴィニーとの共作の曲も出していく、ということだったのだろう。
しかし、サードアルバムも4thアルバムも、一向にヴィニーとの共作の曲は、アルバムにつき1曲しか収録されていないままだったのだ。
その現象を見て私は、????となったのだった(笑)
これまで貯めていたマテリアルを吐き出すためにセカンドアルバムを出したんじゃなかったの?といぶかしげになったのだった。
これもまたHR界における七不思議の1つだ…ってそんなことないか(笑)
その衝撃的デビューから8年後、ヴィニーは脱退してしまう。
超絶速弾きで、しかも心奪われるメロディを内包したメロを繰り出してくれていたヴィニーの作る曲を聴きたいと思っていたが、それが堪能できずにTENでのキャリアは終わってしまった。
最大限にヴィニーの作曲能力を垣間見たい場合は、DAREを聴かないことにはかなわない事態なのだろうと思う。
それは後日確かめたい。
その脱退後、TENはゲイリーの独壇場になる。
かなりの技巧派だったヴィニー、しかも音楽の魅力の片翼が脱退してしまっては、バンドのイニシアティブはゲイリー1人の肩にのっかることになった。
いや、もともとゲイリーの作詞作曲によって、このバンドは成り立っていたのだから、そういう表現はそんなに当たらないだろうが、彼は超絶速弾きギタリストではないゆえに、ヴィニー脱退後はヴォーカル中心になっていく…通常はそう考えられがちだが、実際はそうではなかった。
デビュー作では、片鱗も伺えなかったが、セカンドアルバムあたりからドラマ性を秘めた楽曲が収録されるようになっていった。
それ以降、ドラマ性ある曲がアルバムの大半を占めるようになったのだった。
アルバム全体が、神話だの伝説だのをコンセプトにしたアルバムに変容していったのだ。
もともとAOR風の曲でソロデビューしたシンガーが、そのような過程を経るとは想像だにしなかったが、コンセプティック、ドラマティック、プログレッシブ、そんな表現がぴったりの曲がひしめき合うようなっていった。
オーソドックス、しかも、メロディアスなメロを内包した曲が書けながら、そういった曲まで書ける、しかもバンドで自分1人だけで作ってしまうのだから驚異というほかない。
これは稀有な作曲能力だ。
普通、こういう曲作りは、キーボーディストやギタリストがメインにするのだがゲイリーはシンガーなのにもかかわらずにもこういうことが出来るのだ。
しかし、コンセプティック、ドラマティック、プログレッシブといった曲を作れば作るほど大衆的にはヒットしにくい、受けにくいバンドになってしまうのだ。 一部のファンしかうけいれてくれない。
それは歴史が証明してくれている。
1つの曲で10分前後もの長さを持った曲を一般人は聴きづらいのは言うまでもない。
ゆえに、そういう曲はアルバム中1曲か2曲、多くても3曲に留まらせるべきなのだ。
しかし、そういう尖りこそが、ずっとファンにならせる上で大事なのも事実なのだ。
ただし固定的で少数のファンしか獲得できないのが事実だ。
しかし、そうはいっても、TENのデビュー作から最新作まで、今でも入手可能なアルバムは多く存在している。
音楽は難しいもので、自分の好きなことをしたいという欲求もあって音楽家を目指す。
しかし、メジャーデビューをしても、自分の好きなことだけやっても大衆的な人気を誇れるかどうかは保証のしようがない。
誇れるかもしれないし誇れないかもしれない。
その時代のニーズにマッチしているか、所属した会社がそのバンドをプッシュしたい意図があるかどうか、その会社のマーケティングが効率的か、そのバンドのルックスが受けやすいかどうか、こういう要素が多数あれば、売れるかもしれないし、売れないかもしない。
売れるであろうと思われる要素が沢山あっても、売れるかどうかは神にしかわからない。
もともと自分のやりたい音楽を体現したい欲求ゆえにプロを目指し、頑張ってきたのだから好きなことだけやっていこう。
そういう意見が出ても不思議ではないし、必然だろう。
しかし、自分の欲求と、世間の要求があまりにかけ離れているのであれば、当時流行りの音楽的を取り入れる必要もあるし、自分のしたいことを割愛していくことも必要だろう。
やはり妥協が必要なのだ。
それがいい結果を出したのであれば、それを継続していくか、また自分のやりたいことだけをしていくように変換するかは、そのアーティストによるだろう。
それでまたヒットするかどうかは、誰にもわからない。
神のみぞ知る、ということだ。
しかし、TENが本格的な来日公演を行ってから、実に29年が経とうとしている。 それは97年の『THE ROBE』(下写真)発表後のツアーだ。
2002年には、TERRA NOVAとのジョイント来日だったが、これは変則的だ。
その『THE ROBE』も人様に胸を張って勧めれる佳作アルバムだ。
その来日公演後にはライヴCDまで出された。
まさに快進撃のさなかにTENはいた。
●“The Robe” (『THE ROBE』収録)
↓
※Amazon
ザ・ローブ
そんなに長い間、日本に来れていないのは、人気が低迷しているからなのか、アーティスト側が非活動的ゆえなのか、予算絡みのゆえなのか、私にはわからない。
とにかく、日本に来てライヴをしてほしいというのは過去のファンならば誰しも求めることだろう。
あんなにいい佳曲が作れるのであれば、それを堪能したいのは当然だ。
単独公演でも『LOUD PARK』のようなイベントでもいい。
とにかく来てほしいというのが正直な思いだ。
衝撃的なデビューの年には、『BURRN!』において、アルバム部門(『THE NAME OF THE ROSE』)、TUNE部門(“The Name Of The Rose”)、ソングライター部門(ゲイリー.ヒューズ)の3つでTENがチャンピオンになった。
その実力をもう一度ライヴで堪能したいのだ。
前置きが長くなってしまったがゆえに、「バンドでもソロ作でもいい曲が作れるアーティスト」という趣旨のページを書くつもりが、あらぬ方向へ行ってしまった(笑)。
そのまま下に記事を書くのは憚れるので次回、ゲイリーのソロ作について触れていきたい。 今回は、TENのベストアルバムを以下に紹介しておくにとどめたい。
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ザ・ベスト・オブ・TEN
タワーレコード
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。


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♯ゲイリー.ヒューズ
♯TEN ♯作曲家
(コラム)1人ではよい曲が作れないミュージシャンは厳然といる…デヴィッド.カヴァーデール(WHITESNAKE)も?
これまで、「複数人と曲を作ると良いものが作れるが、自分1人で作るとテンでダメ」というミュージシャンがいる一方、1人で作ってもいいものが作れるミュージシャンがいるという例をいくつか紹介してきた。
※参考ページ
しかし、探求していくと、「複数人と曲を作ると良いものが作れるが、自分1人で作るとテンでダメ」というミュージシャンの例として、大好きな、心底好きなバンドであるWHITESNAKEのシンガーであるデヴィッド.カヴァーデール(下写真)もその範疇に入るのに気付いてしまった。
彼は、DEEP PURPLE(下写真)のシンガーとしてプロの舞台に出現した。
それは1974年の23歳の時にである。
そのバンドで3枚のアルバムを作り、出した。
いずれも傑作で、全米や全英はもちろん世界中で売りまくった。
しかし、このバンドの解散後、ソロアルバムを2枚出した。
それが『WHITESNAKE』であり『NORTH WINDS』である。
しかし、いずれのアルバムも、そんなに耳朶に残るメロディも皆無だし、これらを2つとも所有してから30年の月日が経ってしまったが、熱中して聴いた思い出がないのだ。
なら中古盤屋にでも出せばと思われるだろうが、やはりWHITESNAKEの大ファンである私は、なかなかできないでずるずると30年以上を経過させてしまっている。
これが彼の実力なのか…と思われても仕方ない。
のちの78年にWHITESNAKEを結成してから、いくつものアルバムを出したものの、初期はあまりにブルージーで、おとなしい音楽ゆえに多くの若者を取り込むことに成功出来てはいなかった。
しかし、87年に出したあのスーパーヒットアルバムである『WHITESNAKE 87』 (下写真)によって彼に対する世界の評価は一変したし、かくいう私もそうであった。
これは、ひとえにジョン.サイクスという若いミュージシャンと組んで作詞作曲し、制作いたことの方がかなり大きい。
デヴィッド1人では、決して超名作にはならなかったことは絶対的に言えることだ。
これは今までにアメリカだけで800万枚を売り、世界では2500万枚を売ったのだ。
“Is This love” 『WHITESNAKE 87』収録
↓
この後に、ジョン.サイクスとケンカ別れをして、次回のアルバムにはメインソングライターとして元VANDENBERGのエイドリアン.ヴァンデンバーグと組んで、ニューアルバムを作り、出した。
それが『SLIP OF THE TONGUE』(下写真)だ。
これもまた心踊らざるを得ない傑作で、多くの若者を引き込む品位に満ちていたし、実際,全世界では今までに400万枚を売ることに成功している。
この現象を見ると、どうもデヴィッドは、1人で作詞作曲をしたり、同年代の人間と組んで作詞作曲をするよりも、自分よりも若い世代の人間と組んで作ることによっていい作品が出来るようだ。
『WHITESNAKE 87』の時に組んだジョンはデヴィッドよりも10歳若く、『SLIP OF THE TONGUE』の時のエイドリアンは5つ若かった。
過去のWHITESNAKEの曲に“Young Blood”というのがあるが、デヴィッドはまさに若い血を必要としているのだ。
それによっていい曲が作れることが証明されたわけだ。
しかし、興味深いのは、デヴィッドにしろエイドリアン(下写真)にしろ、自分1人でイニシアティブを握って作ったアルバムはいまいちなのにもかかわらず、2人で作ったら途端にいいものが作れるようになったから不思議なのだ。
エイドリアンのバンドであるVANDENBERGのベスト盤を聴くも、いまいち品位あるメロディが足りないし、テクもいまいち…ゆえに、すぐさま中古盤屋に売ったのだった。
そんなだから、この2人がタッグを組んでも良いものが作れるはずがないと分析していた評者がいてもおかしくはない。
しかし、出てきたのはとてつもなく良かったから驚いたのだ。
マイク.クリンクとキース.オルセンという2人の凄腕プロデューサーを迎えて制作したことも大きいのは言うまでもない。
これこそが音楽の不可思議な点なのだ。
確かに、デヴィッドのDEEP PURPLE解散後に出した2つのソロアルバムにしろ、2000年にだしたソロアルバムである『INTO THE LIGHT』(下写真)にしろ、かなりAOR色が強くなっている。
AOR作品としてみるならば、それなりにいい出来とはわかる。
しかし、手放しで傑作と評したいような出来ではないのは否めない。
●“Midnight Blue” 『INTO THE LIGHT』収録
↓
AORというならば、ビリー.ジョエルやオライアン、ボズ.スキャッグスのほうが断然にいいし、ロック作品としてもデヴィッドのソロは歴史に埋もれてしまう観が否めないのだ。
しかし、他の人と、しかも自分よりも若いミュージシャンや凄腕プロデューサーと組むことによって、かなりの傑作が出来るのがデヴィッドのミュージシャンとしての特徴なのだ。
1人で制作するとあまり良い作品はできないが、他のミュージシャンやプロデューサーと一緒になって作ることでかなりいい作品が出来る。
そのことを脳内に入れているWHITESNAKEのファンがどれだけいるだろうか?
しかし、そういった内容を認識されていたとしても、デヴィッドはかなり有能なシンガーゆえに、バンドでの素晴らしい出来を見せつけられてしまえば、そのことは認識から払拭されてしまう。
もとよりそんなことを考える必要はないのだろうか?
素直に、そして謙虚にWHITESNAKEの音楽を愉しめばいいだけなのだろうか?
それは人によって違ってくるだろう。
私はその是非は不問にしておきたいし、単なる知的遊戯をしているだけなのだ。
しかし、そういうことはあらかじめ脳内に入れておくことで、経済的にはよいということだ。
1人で作ることによってはいいものが出来ないとわかっていれば、新たなソロ作を買うことはない。
そうすることで無駄なお金を出し、無駄な時間を過ごすこともない。
1人でいいものが出来ないミュージシャンは、いくつ作品を重ねても、やはりいものが出来ないのだ。
ジョン.ノーラムはEUROPEではいい曲を書き、演奏も素晴らしいが、ソロアルバムになるとテンでいい曲が作れないし、演奏も他愛ないものになってしまう。
それはかれの数枚のソロアルバムを聴いて確認済みだ。
ジョニー.ジョエリは、HARDLINE(下写真)では素晴らしい曲をニール.ショーンと一緒に何曲もつくったが、彼1人でイニシアティブを握って作った曲収録のアルバムは、すぐさま中古盤屋に売りに出した。
こういう例はほかにも多数ある。
やはり、バンド、ソロ両方で佳曲を作り出すことが出来ないと自身でわかったのならば、そうたやすくソロアルバムを出すべきではないのがわかる。
作詞作曲と著作物は基本的に一緒のようだ。
論文の著作本の制作は、基本1人でする。
あるだされた本を読んで、祖述ばかりの文を書く、引用ばかりの文を書く、他愛ない文章に落ち着かせてしまう、これらこういう本を書く人は、他のその人が書いた本を読んでも、やはり同じような読むに値しない本を書くのが通常のようだ。
ゆえに、そういうものを書ている著作家は、ワードのNG著作家と名前を買いたファイルに、その著作家の名を書いて上書きしてしまうのだ私は。
そうすることで、読みたい衝動に駆られた本の題名を見ても、そのファイルを開いてNGリストに入っていないかどうかを確認して、ないならば買って読んでみる、入っていたらその著作家の本は買わないし読まないことに決めているのだ。
そうすることで余計な時間とお金を使わないで済むからだ。
ソロアルバムや、その人がイニシアティブを握って制作したアルバムで、これまで良いものがなかったミュージシャンのアルバムは、決してそれから先も良いものであるはずはないので、いいソロアルバムが出来なかったミュージシャンのはこれから先、買って聴かないことにしているのだ。
それによって、無駄な時間もお金も使わないで済むのだ。
やはり趣味は経済的に行わないといけないのだ。
しかし、複数の人間と制作したアルバムの場合は勝手が違う。
良い出来かもしれないし、悪い出来かもしれない。
そこは聴いてみないことにはわからないから、まずはアップされた新曲を動画で聴いてみる。
そういう作業が必須のようだ。
あれだけいい曲を87年以降に出してきたデヴィッドゆえに、他のソロアルバムもいいだろうと短絡的に断定してしまうのは間違いなのだ。
しかし、彼を悪く言いたくはないが、彼の本領発揮で、最高にいい出来のアルバムはソロではなく、バンドでのアルバムなのだ。
哀しいが現実…METALLICAの曲に、この言葉を直訳した“Sad But True”という曲があるが、まさにSad But Trueなのだ。
これはデヴィッドを貶すわけではない。
ただ知的遊戯で析出した事実を書いただけのことだ。
今回はこれにて終了したい。
デヴィッドのソロとWHITESNAKEの全キャリアを網羅したベスト盤を今回、以下に紹介しておきたい!
※
| Whitesnake ホワイトスネイク / Silver Anniversary Collection |
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。


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♯デヴィッド.カヴァーデール
♯作曲家
(コラム)今回のLACUNA COILの公演(渋谷STREEM HALL)をみて、このバンドの魅力が浮き彫りになった!?
2月23日に渋谷ストリームホールにて行われたLACUNA COILのコンサートに行ってきた。
実に3年ぶりの来日だった。
3年前の来日公演時には、MEGADETHの公演と時期が重なっていたために影が薄くなっていた感があったが、今回は違った。
そういう大物アーティストの来日公演とは重ならなかったからだ。
当時のMEGADETH(下写真)は最新アルバムがかなりの公表を博していたということもあり、いろんなサイトに周遊していても、その武道館公演のCMが出てきていた。
それくらい主催者側も、その武道館公演には観客を動員したかったのだろう。
しかし、私は行かなかった。
やはり私にとっての凡作が、このバンドは連発していたからだ。
悩みに悩んだ末に、やはり行かないことにした。
その同時中継がWOWOWでなされると聞いて、それを収録すればいいと思ったからだ。
そして、それをハードディスクに録画して鑑賞するも、やはり興奮しない。
4曲もすれば、もう聴く気が萎えてくる。
やはり、このバンドの最高傑作は86年発表の『PEACE SELLS…BUT WHO'S BUYING?』(下写真)こそが最高傑作であり、そのアルバムは今も愛聴している。
それと同じ出来のアルバムがあと2作出ていれば、私はこのバンドのファンになっただろう。
しかし、そのアルバム以降、(私にとって)凡作が続き、ライヴにはいきたいと思えなかったのだ。
やはり傑作の輩出は大事だ、ファンを作るためには。
MEGADETHのライヴCMに意識がいき、LACUNA COILのほうは意識が行かなかったので、いき損ねてしまったのだ。
しかし、今回はポカもなくチケットを買い、そして行くことが出来た。
そのライヴにいくことを決めたのは、広告のページを見た瞬間に決めた。
やはり何日も悩んで決めるのは真のファンではないのだ。
そういうバンドのライヴに行っても、興奮しないことは間違いない。
その持論に間違いはなかった。
今回のライヴに臨んで、やはり興奮を抑えきらなかった。
私が個人的に、このバンドを生で観るのは、『LOUD PARK 2016』以来になるが、実に10年ぶりになる。
日本でも固定的なファンを獲得していたし、『KARMA CODE』アルバムは全米で28位にまで行ったのだから、 やはり、このバンドはヘヴィネスを維持しているし、聴き手の魂にインストールせざるを得ないメロディやリフも、維持しつつアルバムも出しているからだ。
しかし、このバンドの『BLACK ANIMA』のできは素晴らしかった。
他のバンドのアルバムに意識が行って、しばらくご無沙汰していたが、このアルバムを聴くことで、それまで未買いだったアルバムを一気に集めてしまったのだ。
そういう経験をさせてくれるアーティストはHR歴30年以上の私でも5指にみたない。
そういう面もさることながら、このバンドはシンガーであるクリスティーナ.スカビアが、作詞に参加していることが私がファンでいることに繋がっている。
やはり、シンガーが作詞をしない場合、他人の書いた歌詞を歌うことになり、感情を込めることが出来ない。 出来ないゆえに、歌にソウルが感じられず、その曲を聴いても無為な時間を過ごすことになってしまい、聴くことに遠ざかってしまう。
それでファンになれずに終わってしまうのだそういうバンドは。
LACUNA COILと同じくシンフォニック、プログレッシブと形容されるNIGHTWISHにしろ、DREAM THEATERにしろ、かなり素晴らしい壮大なミュージックを聴かせてくれるが、他のミュージシャンが作詞作曲のイニシアティブを握ってしまい、シンガーが作詞が出来ないことが暗黙の了解になってしまっている。
それゆえに、ソウルが感じられずにむなしい時間を過ごしてしまうことになり、結果的に手放すことになってしまうのだ。
大事なのは、シンガーが英語圏出身かどうかではない。
自身で歌詞を書くかどうかなのだ。
アメリカやイギリス出身でも、シンガーが歌詞を書かないバンドのはいくら聴いてもむなしい時間になってしまう。
非英語圏出身のシンガーでも、自身で歌詞を書くバンドのは、聴きいらざるを得ない満ちたものになる。 ノルウェーのEMPEROR(下写真)しかり、KAMELOTのトミー.カレヴィック(スウェーデン)しかり、そしてイタリアのLACUNA COILしかりである。
先に『BLACK ANIMA』を聴いて他のアルバムを一気に集めたと書いたが、それでも、今回のコンサートで曲名をすべて覚えては臨んではいなかった、というのが正直なところなのだ。
やはり時間が私には足りないのだ、そういうことをするための。
しかし、過去にはおいてはそういうことはせずに、コンサートに行く場合は全アルバムを聴いて、曲名を覚えて臨んだものだ。
91年は、かなりたくさんのバンドのコンサートにいった…っていつの話しだ、と笑いがこみあげてきそうだが(笑)、この年に前田敦子、板野友美、大政絢、山本美月、瀧本美織といった可愛い女優や芸能人が生まれているのだ。
まあそれはいいとして(笑)、この年にRATT、BAD MOON RISING、L.A GUNS、CINDERELLA、NELSON、EXTREME、MR.BIG、そしてTHUNDER、TESLA、EUROPE、METALLICAのラインナップでおこなわれた『FINAL COUNTDOWN』イベントに行ったのだった。
これらのコンサートにおいて全部のアルバムを買って聴いて臨んだのだが、それはひとえに時間があったからだが、今ではそんな時間はない。
それでもそのバンドを支持するために、曲を覚えなくても臨む必要はあるのだ。
しかし、当時はよかった。
当時のコンサートの料金はS席が5500円で、Tシャツは3000円だった。
しかもパンフを販売されていたが、最近はその販売が全くないのが不思議なのだ。
それに会場でドリンクを買うのは任意だったが、昨今は入場時に必ず1杯分のドリンク代金を払わなくてはならない。
その額600円だ 今回はチケット代が9500円でTシャツが6000円に値上がりしていた。
高すぎもいいところだ。
コンサート会場に入ると、前に来たのは2024年のWINGERの時だったが、その時よりもすいているのがわかった。
WINGERの時は、ぎゅうぎゅうで、他のEX-THEATER ROPPONGIにすればよかったと後悔したが、そんな感情は起こらないほどのスペース気味だ。
会場には、私と同年代の人間は少ない。
私よりも10歳、20歳若い人たちが大半を占めていた。
因みに私よりもクリスティーナ.スカビアのほうが年長だ。
いくつ年長かは年がばれるので書かないが…(笑)
しかし、ヘヴィネスを維持してくれているのが私がLACUNA COILのファンでいることの重要性として高い。
やはりことはHRであろうとHMであろうと、ヘヴィネスを維持してくれないことには聴ける代物ではなくなってしまう要因になってしまうのだ。
MEGADETHにおけるソフト化が、このバンドのファンにはなれなくなってしまった要因なのだ。
それに加えてメロディの良さの減退もあげられる。
しかし、ことLACUNA COILの場合、その2つを維持しつつアルバムを継続しているのだ。
その際にマルコ.コティ.ゼラティの地を這うようなベース音が大きな貢献を果たしてくれている。
このベース音がヘヴィネスを底上げしてくれているのだ。
そして、クリスティーナ.スカビアは斉唱をしているが、嗚咽の部分を担当しているアンドレア.フェロも、このバンドの音楽を程よく彩るのに貢献しているのは間違いない。
しかし、クリスティーナ以外のメンバーは、いずれも白いメイクをしているのは演出なのだろうか?
それによってクリスティナの良さを引き出すことを目的にしているのだろうか?
そうしない時期とそうする時期の両方を比べるという作業をしないことには、その真相はわからない。
それに、嗚咽の部分だけを担当する分業体制にしているのも、クリスティーナの声を際立たせるためなのか。
あるいはそもそも自然的にそういうスタイルになっているのかはわからない。
でも、このバンドの音楽に、一度も疑問を持ったことがない私には、批判めいたことが書けないでいるのだ。
ことは、このバンドを知った2004年に遡る。 イタリア出身ながら、このバンドの当時の最新アルバムである『KARMA CODE』がアメリカのビルボードで28位にはいり、『OZZFEST』にも参戦したという情報を得て、買わないわけにはいかなかった。(しかし、この年の『OZZFEST』のメンツがすごい!BLACK SABBATHとJUDAS PRIESTとSLAYERとSLIPKNOTが同居しているのだから。このメンツで日本に来い!と言いたくなる。)
伊藤政則のROCK CITYにおいて、このバンドの“Our Truth”(下映像)という曲も流れて、その良さには目を見張るものがあったのは確かだ。
※
| Karmacode ラクーナ・コイル |
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この1曲だけで、アルバムを買いたいと思わせるに充分で、実際、今も所有しているし、聴きたい衝動に駆られて聴くこともしばしだ。
バラード曲においては、そのエモーショナルぶりに体幹が折れて、聴き入って頭の中が空白になってしまう。
あまりに感動的なので。
まるで英語を生れてから使ってきたように巧みに操る…すごい能力だ。
ドラマ性を秘めた局では、燦々と降り注ぐ太陽の下に、色とりどりの花を咲かせた森林の中にきて、その気分がそのまま上空に上昇する…そんな気分にさせるようなオープニングなのだ。
これは凡人には創造できない音楽だ。
それがこういうヘヴィメタルと融和して調和しているから驚き外何物でもない!
そういう非凡さが、このバンドのソングライターたちには備わっていたがゆえに、ワールドワイドで有名になれることが出来たとしか言いようがない。
このバンドのカテゴライズは、ゴシックメタルといわれるが、暗く冷厳で禍々しいムード建築物を想起させる音楽を体現しているということだが、そういう雰囲気を持っていたことは確かだが、それが永遠に不変であるということは、どのバンドでもない。
そういう特徴を備えながらも、やはり他の要素を加えながら進化してきたのだこのバンドも、他のゴシックメタルと表現されるバンドも。
日々、いろんな情報…音楽的な情報もさることながら、いろんな文字媒体に至るまで、に接していた場合には、必然的に自身のキャリアに取り入れるのが普通だし、人類に普遍的な事象だし、それが普通である。
その際に、問うべきは取り入れた後にできた音楽が佳曲に仕上がったか否かだ。
佳曲に仕上がらなかった場合は非難の的になり、佳曲に仕上がった場合は賞賛の的になる。
私は、LAUNA COILに関しては、どのアルバムも佳曲に仕上がったといえると断言したい。
もちろん、佳曲のレベルは各アルバムによってばらつきがあるのは当然だが。
しかし、いずれのアルバムも人様に勧めれる品位を備えているので、批判すべきことでは全くないということは断っておきたい。
それが最大限に昇華したのが先ほど紹介した『BLACK ANIMA』であるということをここで紹介しておきたい。
最新アルバムである『SLEEPESS EMPIRE』も人様に勧めれる品位を備えていることは間違いない。
その詳細については、機会があれば紹介したい。
まずは、以下、『SLEEPESS EMPIRE』収録の“In The Mean Time”を見ていただきたい。
しかし、50代のメンバーで構成されたバンドにもかかわらず、このヘヴィネスを維持しているには感服する。
そのヘヴィネスの維持こそ、音楽を魅力あるものにしたらしめている必須のモノなのだ。
年齢を重ねるごとにヘヴィネスが減退して魅力ないものになってしまっているパターンは往々にしてある。 先のMEGADETHが格好の例だし、BON JOVIも一緒だ。
それでも、メロディに耳朶に残るものがあれば、不問にはされるが、それもないならば凡作になる。
しかし、ヘヴィネスとメロディの維持をしてきたからこそLACUNA COILは私にとってフェイバリットなバンドであり続けている。
その良さは、言いすぎても言いすぎることはない。
その詳細については後日、紹介していきたい。
しかし、このバンドはアバンギャルドだ。 斉唱しているクリスティーナ以外は、いかめしいメイクをして、アンドレア.フェレオも嗚咽のコーラスに専念している。
こういうバンドは賛否分かれる、オーソドックスなバンドとは違って。
しかし、それがこのバンドのアイデンティティになっているのだし、それが特長にもなっているのだから、音楽の評価は複雑だし難関なものだ。
一聴してすぐさまLACUNA COILとわかるメロディ、しかも感動を催したメロディを維持しながら、地から唸るようなヘヴィネス溢れるグルーヴ感で押しまくりながらも整序を保ったドラマティックな音楽によって最高のライヴを堪能させてくれたと心底最高の気分にならせてくれたと思っている。
セットリストは、先ほど書いたように暗記せずに臨んだがゆえに、ここでは書けない(笑)
やはり10代の時のようにはいかない(笑)
では今回は、彼らの最新アルバムの紹介にとどめておきたい。
| 輸入盤 LACUNA COIL / SLEEPLESS EMPIRE |
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タワーレコード
【HMV】ローチケHMV|音楽CD・DVD
今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。


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♯LACUNA COIL
♯来日公演
