FAIR WARNINGとCASANOVA…両者に共通なのはドイツ出身で、ともにアメリカンテイストのハードロックを体現しているということだ。
FAIR WARNINGのデビューは衝撃的だった。
FAIR WARNING
92年にデビューし、そのアルバム『FAIR WARNING』が『BURRN!』の評点で92点を獲得し、瞬く間に話題になり、日本のチャートを賑わし、次の年の初頭には来日公演を実現する。
そのライヴの模様を収めた映像もオフィシャル化した。
私もその話題に耳を傾けて、その話題の真偽を確かめたくなって実際に買って聴いてみたところ、私の趣味に合っていて、何度も聴いた思い出がある。
そのテイストのメロディと、バラードでのエモーショナルな歌メロが私を耽溺させたのだ。
私は気に入ったアルバムは、いちいちケースから出して聴くのがめんどくさいと判断したものに関しては、カセットにダビングして、それを聴くことにしていたのだ。
それの方が手間を省けるからだ。 FAIR WARNINGのデビューアルバムは、まさにカセットにダビングして聴いていたのだ。
それで何度、いや何十回聴いたかわからない。
いな百回は聴いただろうか?
それくらい良かったのだ。
『FAIR WARNING』
その初の来日公演のインタビューを読んで、このバンドがドイツ出身であることを初めて知ったのだ(笑)。
それがわからないくらいなアメリカンなテイストを有していたので、ドイツ出身とはわからなかった。
ドイツ出身というと、当時のシーンではHELLOWEENやGAMMA RAY,RAGEといったスピーディでかつ疾走感のある音楽を体現するバンドが大半を占めていた。
ゆえに、聴いただけですぐに出身国のわかる出来になっていたのだ。
勿論、音楽性は年々変遷するものだし、不変でいるはずはないし、これらのバンドも変遷しているが、アメリカンなテイストはいまも感じれない。
そういう疾走感のあるミュージックは好きだが、それがアルバムの大半を占めているのではあまり感心は出来ないし、アルバムを買って聴こうとは思わない。
やはり、スピード感あり、ミドルあり、バラードありといった、バラエティにとんだ哀愁もあるバンドが好きになるのが私なのだ。
しかし、そういったアメリカンなテイストを有したバンドがドイツにもいたとは驚きだったし、それを体現して見事ヒットにまで繋がらせたFAIR WARNINGは先駆的な偉業を達したといえるだろう。
かたや、CASANOVAもそういったアメリカンなテイストを有したバンドだった。 (91年にデビューしたROX DIAMONDは当初バンド名をCASANOVAにしようとしたが、このバンドがいたためにROX DIAMONDにしたいわくつきなのだ。)
そのレビューを93年の『BURRN!』で読んだときに、「これだ!」と思った私はすぐさま買って聴いたのだ。
すでに91年と92年にアルバムが出ていたが、日本盤でのリリースは見送りになっていたのだが、輸入盤市場でそこそこ話題になっていたがゆえに、日本盤でのリリースが93年に決まり、セカンドアルバムがリリースされたのだ。
そして、その売り上げ実績が良かったからかどうかわからないが、91年のデビュー作も日本でのリリースが決まったのだ。
その92年の『ONE NIGHT STAND』の良さは今もっても紹介したいくらいだ。 あれから30年もたっているにもかかわらず。
『ONE NIGHT STAND』
やはり、アメリカンテイストを持ち、適度なヘヴィさで、メロディが豊富、スピード感あり、ミドルあり、バラードありというバンドは私は弱い。
いつまでも耳朶に残るメロディがある、ということは非常に武器になるのは言うまでもない。
その良さに耽溺した私は、それこそ何十回聴いたかわからない。
それゆえに、このバンドの91年のデビュー作も買って聴いたほどだ。
しかし、そういった良きアルバムを作って出しても、継続性がバンドになければ、ファンの心をつなぎ留めていることは出来ない。
このバンドのリーダーであるマイケル.ヴォスは他のドイツ人ミュージシャンと一時的なバンドを作って出したり、他のバンドのセッションに参加したりと落ち着きがなかった。
一番有名なのは、2011年のMICHAEL SCHENKER'S TEMPLE OF ROCKにシンガーとして参加したことだろう。
これに参加して、アルバム『TEMPLE OF ROCK』のリードシンガーを務めたのみならず、ここでの作詞をすべてこなした。
『TEMPLE OF ROCK』
そして、そのリリース後のライヴがオフィシャル化されて『LIVE IN EUROPE』という題で出されている。
これは、マイケル.ヴォスのファンにとっては嬉しい出来事だったに違いない。
しかし、惜しいかな、ヴォスでの仕事はここで終わってしまった。
次のシンガーは,ドゥギー.ホワイトに変わった。
シェンカーの趣向にヴォスが合わなかったか、ソリが合わなかったかはわかりかねる。
そのまま、マイケル.シェンカーというネームヴァリューのあるギタリストの元でずっと仕事をしていれば、ヴォスはもっと有名になれた…かどうかはわかりかねる。
40年くらい前であれば、こんにちのように無数にバンドがあるわけではなかったがゆえに注目はされていたことは間違いないが、バンドが無数になる昨今ではそういう状態でも有名になるのは難しい。
しかし、有名になったかどうかではなく、評価すべきなのは、そのシンガーのミュージシャンとしての力量だと思うのだが…それでも評価の尺度は人によって違ってくるから難しい問題だ。
ただ、そういうネームヴァリューのある人の元で永続的に仕事をしていけば、認知度は上がってくることは間違いないが、アルバム1枚、ライヴモノ1枚ではさすがに惜しいと思われざるを得ない。
やはり1枚だけでは、そんなシンガーがいたんだ…くらいで終わってしまうのだ。
マイケル.ヴォス
やはりアルバムを2枚3枚と出して初めて評価されるモノなのだ。
その経緯を経て、初めて「このシンガーの過去のキャリアは?」とファンがだれしも関心を持ちだして、検索を掛けたり、曲を動画でみたりする。
そして、実際に音楽サイトで買って聴いたりする。
その良さをサイトで紹介したりする。
すると過去のバンドも興味を持ちだされて、また売れる。
という好循環を生み出すのだ。
そして、また過去のキャリアのモノが売れだして、また再生産されたりすることにもつながる。
しかし、1つのバンドにだけ忠誠を誓ってそのバンドだけにとどまり、曲を書き、作り、アルバムを出すだけでは生計を立てるのが難しい時代故なのか、あるいはそういうい1つのバンドに留まり続けるのがヴォスのスタンスに合わないのか、はわかりかねるが、CASONOVAは、その『ONE NIGHT STAND』以降、1999年と2004年の2回でアルバムを出したに過ぎないのだ。
これでは認知されなくて当然だ。
2004年の『ALL BEAUTY MUST DIE』のみが入手可能だ。
これでは、元MICHAEL SCHENKER'S TEMPLE OF ROCKという肩書があっても、売れ行きにつながることはかなり難しい。
しかし、ヴォスはミュージシャンをやめていないし、いろんなプロジェクトに参加しているがゆえに、収入はそれなりにあるのだろう。
かたやFAIR WARNINGは、これまでに8枚のアルバムを出したが5枚が入手可能になっている。
あれだけ、1回の来日公演につき中級ホールで数回するのが当たり前だったFAIR WARNINGが!と驚嘆せざるを得ないのだ。
やはりバンドの継続は大事なのだ。
FAIR WARNINGとCASANOVA…同じドイツのバンドで、ともにアメリカンなテイストを持っているバンドであるにもかかわらず、私の心はCASANOVAの方にだけ向いている。
FAIR WARNINGはベーシストのウレ.リトゲンが中心になって作詞作曲をしており、シンガーであるトミー.ハートは一切作詞もしていないのだ。
他の人間が書いた詞を歌っても、そこにはハートも感じなければ、ソウルも感じれない。
ゆえに、私は、いくら曲の出来が良くて、演奏もうまく、歌もうまいバンドでも、シンガーが作詞をしないバンドのCDはいつしか疎遠になり、中古盤屋に売るということを何度もしてきたのだ。
他の人の書いた詞には、書いた人の感情や主張が入っている。
それを、シンガーが完全に感情移入することなどできた話しではない。
ゆえに、シンガーが歌詞を書かないものには感動ができずにここまで来たのだ。
バンド内の事情である中心人物が作詞作曲を担当することが暗黙の了解で決まっており、シンガーが作詞を担当できないというパターンもあれば、単にシンガーに作詞能力がない、というパターンもある。
前者の例が、DANGER DANGER、ROYAL HUNT、SKID ROW、NIGHTWISH、MESHUGGAH、MOTLEY CRUEといったバンドになる。
こと後者の例はTHUNDERやFAIR WARNINGになる。
THUNDER
英語圏で生まれ育ったか否か、といったことはあまりというか全然関係ないとしか私には思えない。
現に、クラウス.マイネ(SCORPIONS)、ジョーイ.テンペスト(EUROPE)、ヴィレ.ヴァロ(ex HIM)、イーサーン(EMPEROR)、ロニー.アトキンス(PRETTY MAIDS)、クリスティーナ.スカビア(LACUNA COIL)、シャロン.デン.アデル(WITHIN TEMPTATION)といった非英語圏のシンガーの歌にはかなり感動させてもらった経験がある。
非英語圏のシンガーでも、自分で歌詞を書けば自然と感情をこめれるのだ。
その感情が聴き手に感動を喚起するのだ。
ただ前者の例は、1度だけミラクルが生じて、1枚のアルバムだけは感動して聴けるのだ。
THUNDERのデビュー作『BACKSTREET SYMPHONY』は感動して何十回も聴いたが、次のセカンドアルバムからは全然聴けなくなってしまった。
FAIR WARNINGのデビュー作『FAIR WARNING』もかなりの回数聴いたが、それ以降はテンでダメで、全てのアルバムやライヴアルバムは中古盤屋やネットオークションで売ってきたのだ。
『FAIR WARNING』はいい思い出があるのだが、それ以外は一向に感動できないし、棚に置いておいても聴く気になれないのだから場所取りになるだけだから仕方ないのだ。
しかし、かたやCASANOVAのシンガーであるマイケル.ヴォスは作詞作曲もこなせるマルチな人間なのだ。
ゆえに、たったの4枚のアルバムしか出していないにもかかわらず、今も私の心を虜にしてきたのだ。
勿論、それだけではなく、音楽自体が私の趣旨に合っていなければ、それはかなり難しいものだが。
音楽性がよく、シンガーが歌詞を書く。
この2つがなければ、ファンを続けることは出来ない。
FAIR WARNINGは前者だけ私の趣向を満たしているのだが、後者を満たしていないのでファンにはなれないのだ。
非常に偉そうだが(笑)。
FAIR WARNINGの方が日本では認知度も高いし、人気も高いがゆえに来日公演も何度もしている。
しかし、CASANOVAは一部の人間しか認知されていないし、来日公演は1度もしてない。
CASANOVA
そういったことは自分の趣味を決めるうえで、あまりというかほとんど関係ない。
自分の趣旨に合っているかどうかだ。
1つでも欠けていれば、ファンにはなれない…非常に偉そうだが、1つでも欠けているアーティストのファンを無理やり続けようと思ってもできないから仕方ないのだ(笑)。
ここまで書いてきたが、これは何もFAIR WARNINGをこき落とすことでもなければ、CASANOVAを異常に持ち上げることでもない。
この両者の音楽的なアプローチを分析して、自分の趣向を析出しただけの知的遊戯だ。
これに共感出来て、それを踏襲したいと思った方は踏襲すればいいし、非難したいのであれば非難して反面教師にすればいいだけの話しだ。
それにここまで付き合っていただき感謝したい。
タワーレコード
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今回はこれにて終了します。
ありがとうございました。
♯FAIR WARNING
♯CASANOVA